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小妖精の唄

◆木霊の日記帳 後日談

 月刃邸を辞した翌日。
 薄暗く分厚い雲に覆われた、いつもと変わらない朝の、はずだった。

「木霊ぁ。メフィアは?」
「起きてこないし。放置!」
「てことは、最後のウインナーいっただきっ!」
「お? タニアは良いの?」
「…ごちそうさま。」
「わんっ。」
「ん。今日は移動しないから昼まで好きにしてていいよ〜」
「やった。 遊びに行こうぜタニア、アズ!」

 ぱたぱたと動いていく軽い羽音。
 とても平和な一日で始まり、そして終わると誰もが思っていた。
 たった一人を除いては。

「メフィアー。昼飯雑炊作ってみたけど食べる〜?」
 やや遠慮がちに、だが寝起きの悪い仲間に届けるべくノックされる寝室のドア。
 寝返りをうったのか、中から漏れてきたのはぎしりという音と呻き声。
 それは断続的に続き。かすれた呻き声が紡いだ「助けろ」の声がメフィアのものだと気付いた瞬間、木霊は寝室のドアを勢い良く開け放っていた。

「・・・。どっきり?」
「死ね。」

 呆然と呟く木霊。
 寝室の中は正体不明の赤黒いツタがはびこり、銀色の髪のピクシーはそのツタに自由を奪われて吊るされていたのだった。

「夜羽クン。朝来た時はこうだった?」
 様子を見に来た夜羽とタニアとアズを寝室に入れないようにカラダで塞ぎながら木霊が問う。
「うわ、何コレっ!?」
 肩越しに寝室の惨状をうかがった夜羽がずざざっと数歩分後ろに跳びすさる。
「原因は…まぁ、アレだろうねぇ。種でも服についていたのかな〜。タニア、これちょっとぶった切れないかな?」
 湯気を上げていた盆を居間に返し、PT内での剣の達人。エターニアに話を降ってみる。
「やってみる。昨日ヨアに稽古つけてもらったから、出来るかも」
「ん、じゃぁ頼んだ」

 まだ、この時には何とかなると、誰もが思っていた。

「くらいな!!」
 金色の光と銀色の光が走る。
 断ち切られたツタの断面から何ともいえない刺激臭と樹液が飛び散り、辺りの床を濡らすや否や、白煙を上げて黒く変色していった。
「タニア! 大丈夫っ!?」
「・・・。ふざけやがって!!」
 エターニアの青い瞳が硬度を増す。
「バラバラにしてやるっ!」
「ちょい待った〜っ!!」
 飛び出しかけたエターニアを全力で制止する。
「何故止めるっ!」
「止めるわっ! つーかアレに触れたらヤバイでしょーがっ!」
「かわせば済む事だろっ」
「タニアは良くてもメフィアはアレじゃ避けらんねーでしょうがっ!」
「・・・。あ。」
 力いっぱいのツッコミに青い瞳が静けさを取り戻す。
「気付くのがおせぇよ。つかマジで何とかしろ…」
 自由を奪われたメフィアは樹液を避ける事もかなわず。飛び散った樹液を浴びてあちこちに火傷を負い、寝巻きに着ていた薄手のシャツも破れてしまっている。
「えーと、メフィア。なんつーか、なんていうか。そのカッコ。すんげぇヒワイだよ?」
「ドやかましいっ!! くだらねぇ事言ってるヒマがあればとっとと対策を…くそっ!」
「だって触ったら危なそうだし。ミイラ取りがミイラになるのはねぇ?」
「ち。…使えねぇっ!」
 怒りに任せて昨日。月刃邸の魔界植物を塵とした力を振るおうとするメフィア。
 しかしメフィアの敵意に反応するのか、ぎしりと音を立てて蠢いたツタがただでさえ細い彼の体を締め上げる。完全に自由を奪われては力を振るう事も叶わないらしい。
 その姿は蜘蛛の網に捕らえられた蝶か、はたまた断罪されるキリストかといった風情である。
 
「うーん、この姿写真に撮っておいたら皆喜ぶだろうなぁ。。。」
 限りなく今この瞬間においてどうでもいい事を思いつくのが木霊の悪い癖だ。
「そのまえに助けてあげなって」
 夜羽が投げやりに裏手ツッコミをしてくる。
「かといってメフィアの力が効かないなら対処のしようがないよねぇ。月刃さんトコに連絡つけてみるくらいしか思いつかないなぁ…。」
「悩む前に動けってんだこの能無し! クソ、力さえ使えればこんな植物ごとき…っ!」
 身体の自由がきかない分、口から出てくるコトバにはいつにもまして容赦が無いメフィア。
「はいはい。取り合えず連絡してみるとしますか。ちょっと待っててな〜?」
 他人相手には酷く気を使うくせに身内相手だと途端に対応が適当になる木霊。ノートパソコンで連絡を取ろうと試みるものの不在なのか返事はなし。
「困ったなぁ…。さぁて、どうしようか?」
 ぱたんっとノートを畳んで木霊が呟く。
「どーしようもない気がする。」
 とは夜羽のこめんと。
「まぁ、メフィアだしね。殺しても死にそうにないし。」
「いや、死ぬって; だって同じピクシーじゃん。」
「いやまぁ、それはそうなんだけど…なんかメフィアの場合血塗れなのはイメージできるけど死ぬ所は想像できないって言うか…。」
「間違ってる、ソレ多分間違ってるからっ」
 そんな仲間の危機に心温まる漫才を繰り広げている夜羽をそっとつついたのはタニア。
 じつはずっと話しかけるタイミングを伺っていたらしい。
「夜羽、メフィアが呼んでる。」
「俺を? 俺にあれを倒せって?」
「そうとは聞いていないけど…。」
 タニアの声音に困惑が混じる。
「呼んでるなら行った方がいいんじゃない? ほら、メフィアの必殺技伝授! とか。」
「うわー、ヤだなぁ何かそれ。闇と光だしぜってームリだってそんなの〜」
 適当に言った言葉が本当になることもある。当てずっぽうとは恐ろしい物だと後で木霊は思い出す事となる。

 そんな事とは思いもよらず、再び3人+1匹の目の前に広がるのはこの世の物とも思えない色合いの植物と、食虫植物に捕らわれた風情のピクシー。
「何だ、お前らもいるのか。呼んだのは夜羽だけなんだが?」
 捉えられ、抵抗も出来ないはずのメフィアがじっとりとした半眼で余計な来訪者を睨みつける。
「いやほら、一応仲間の危機だし?」
「ち。…まぁいい、夜羽。 …来い。触れるなよ。」
 捕らわれの身であっても、どこまでもその横柄かつクソ偉そうな態度にげんなりする夜羽と木霊。
 だが、何か考えあっての事だろうとやや無理やり納得させ。夜羽が飛び出す。
 ゆるゆると蠢くツタを避け、メフィアの正面に対峙する。
「やっぱり、どこがとは絶対言えないんだけど似てるんだよな。」
 夜羽の後姿を眺めながら、何かあった時のための盾になればとビニールシートを広げて木霊が呟く。

 夜羽とメフィア。
 二人とも、銀色の髪。
 色合いや形状はやや違うものの、鳥のような闇色の翼。
 よく動く大きな瞳とすがめられた瞳。形状は違えど、色は紫。
 二人そろったばかりの頃はよく後姿を見間違えて怒られた。何度も何度もやらかすのでその内にメフィアが髪を後ろで無造作にまとめるようになった。
 「これでいくらお前でも見分けくらいつくだろう。」そう言って鼻で笑われたのを木霊は覚えている。
 光と闇。漂わせる属性はまるで違うのに、良く似た雰囲気。だが二人に聞いても兄弟でも何でもないと言う。
 何故だろう。

 そんな思考の淵に沈みかけた木霊をタニアがつつく。
 ふと気がつくと、室内の空気が変わっていた。魔界植物が発する赤黒の澱んだ空気から、黄昏の空気へ。
 メフィアに覆いかぶさるような形で、夜羽の手がツタの網に触れている。
 その手を起点として、あれほど猛威を振るっていた魔界植物が見る見るうちに萎びていく、乾いた葉をカサカサと落とし、蠢いていたツタは力なく垂れ下がっていく。天井まで到達していた幹もぐにゃりと力なく頭を垂れて枯れていき。張り巡らされた網が音も無く崩れていき、最後にはチリも残さず消えていく。
 そんな中、浮いていた夜羽の身体がぐらりと傾ぎ、自由を奪い返したメフィアによって抱き抱えられる。
 ぐったりとした夜羽を抱えては飛びづらいのか、ほぼ一日拘束されて身体を動かしづらいのか、ゆっくりと高度を下げながら元々あった木霊のベッドに降り立つ。
「…何やったのよ?」
 色々と説明のつかない事だらけでようやくそれだけを口にする木霊。
 うろんげな木霊の問いにメフィアはにやりと唇をまげて「さぁ?」と呟くのみ。
「とりあえず、木霊。湯を沸かせ。風呂に入る。腹減った。後昨日のヤツに苦情いれておけ。」
 ぐったりと目を閉じている夜羽をベッドに放り出したメフィアがそう宣言する。
「夜羽は?」
「放っておけばじきに目が覚める。 タニアもちゃんと頭洗っておけ。まだ残っているかも知れん」
 言いながら手ぐしで銀色の髪を梳く。やはり種か何かが残っていたらしい。梳いた髪を慣れた手つきでくるくるとまとめ、結い上げる。タニアもその言葉に慌てて髪に手をやる。
 そんな姿をぼーっと見ていた木霊にメフィアがベッドサイドに置いてあった精霊の水晶を投げつける。
「痛ぇ!」
「痛ぇじゃねぇだろ。風呂、それから飯だこの役立たず!」
「おー。おぉ…アズは夜羽見てて〜」
 我に返ってあたふたと動き始める木霊。ほどなく目を覚ました夜羽に件の事を尋ねても「良く憶えていない」というあいまいな答え。

 色々と引っかかりながらも「とりあえず。まぁ、結果的に無事だったんだしいいか」で問題を今日も棚上げする木霊だった。
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